守貞さんの『近代風俗志(1840)』にであってしまったが最後。
鮨だとか、蕎麦だとか、鰻だとか、天ぷらだとか…
いえいえ、書かれていることは、髪結さんのことだったり、
街並みだったり、火消しのことだったり、
江戸市中のことについて多岐にわたって書かれているのだけど
どうしても食べ物に目がいってしまうの。
それもそうで、
蕎麦を調べていたら出会った本だから仕方がないというのか。
この延長で出会ったのが『蕎麦全書(伝)』という本。
近代風俗志より遡ること90年ほど。
寛延四年(1751脱稿)に日新舎友蕎子という人が、
それより約50年前の『本朝食鑑(人見必大著/元禄八年・1695)』を元に
蕎麦について書き綴った本が『蕎麦全書』で、
それをさらに2006年、藤村和夫さんという蕎麦職人?の方が、
東京オリンピック以降の持て囃された蕎麦たちを憂いて
「それまでの蕎麦」を伝えるために?訳解したのが、
この『蕎麦全書(伝)』(日新舎友蕎子著・新島繁校注・藤村和夫訳解)、
という流れの本みたい。
この中で、元となる『本朝食鑑』での蕎麦汁の作り方がでてくるんだけど、
お味噌を使ったものらしいのよね。
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その汁、味噌を水で溶かし、揉み出した「垂れ味噌」1.8ℓと、良い酒0.9ℓを良く混合し、そこは鰹節を細かく削ったものを150〜200g入れて1時間ほど煮沸する。あまり強い火加減ではなく、極くとろ火がよろしい。少し蒸して熟成させ、塩や溜まり醤油で味を調整し、もう一度温めるのが肝要である。
(『本朝食鑑』藤村訳解)
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そんな、味噌と酒に、さらに塩や醤油なんて
しょっぱくなっちゃわないの??
いやいや、
食べてみなくちゃわからない。
試してみよう。
<本朝食鑑の蕎麦汁・材料(2人前)>
水 180cc
味噌 大さじ1
酒 90cc
かつを節 15g
濃口醤油 大さじ2

まずは、お味噌をお水に溶いておき、
キッチンペーパーで濾します。
お味噌は、
長野県諏訪市の神州一味噌さんの「丸髙・信濃路」を使いました。
麹歩合9割、塩分11.5%なので、信州味噌の中でも少し甘めのお味噌です。
このお味噌を溶いた「垂れ味噌」に、酒、かつお節を入れ、
弱火でじっくり30分〜煮出していきます。
270ccから150ccくらいまで炊いたら火を止め、
蓋をしてしばらく蒸らして置きます。

味見すると…
まったくお味噌の名残がないうえ、塩辛くもなく、
かつお出汁に薄口と甘味が入った、白出汁みたいなものに。
味噌に入っている麹と、お酒で、こんなに甘味が出るものなのかしら?!
本当に、びっくりするくらい、甘味を感じるの!
これに、醤油を足して、味を整えると…
普通に蕎麦汁。
だけど、味が深いというのか、密度が高いというのか。
花糀と砂糖の甘味の違いがここで出てくるのかもしれない。
これを味わうと、一般的な蕎麦汁がスッキリして物足りない感じがしてしまう。
ただ、言われなければまったく気づかないくらいだけど…。

ちなみに、藤村さんがおっしゃるには、
現在の、かつお出汁を醤油と味醂、または砂糖で伸す蕎麦汁は、
19世紀初頭に完成したのではないかと、
近代風俗志(1830)から読み取ることができるとしています。
わたくし按ずるに、
(○○按ずるに…、というのが蕎麦全書でのやりとり
饂飩蕎麦屋の項ではなく、お隣の料理茶屋の項に書かれているので、
料理茶屋ではそういうお出汁を使っていたかもしれないけれど、
お蕎麦屋さんではどうだったのかな?と思うのです。
ただ、残念ながら結果的に、
いつからか味噌を使った蕎麦汁は廃れることになってしまうのよね。
シクシク。
余談:出汁のはなしと、好き嫌い
出汁のはなしといえば、近代風俗志にこんな一節がありました。
京坂は、鰹節の煮出しに諸白酒((麹米、蒸米とも精白した米で造った酒)を加え、醤油の塩味を加減するお出汁。
淡薄な味だけれど(合わせる)素材の味がわかるもの。
江戸は、鰹節だしに、味醂または砂糖、醤油で塩味をつくるお出汁。
甘くて美味しいけれど(合わせる)素材の味が損なわれるもの。
と、京坂と江戸の出汁の違いを紹介しています。
そして…、
江戸の人は、味醂や砂糖で味が損なわれるのがわかっていながらも、
それよりも京坂のご飯は美味しくないと言い、
いっぽう京坂の人は、江戸の甘い味はたるいから美味しくないと言う。
ふふふ。
時代が変わっても、人は変わらないね!(笑
「東京のおでんは、黒いし濃いぃから嫌やわ〜」
「九州では甘いお醤油でお刺身食べるんでしょ?気持ち悪い〜」
とかとか。
でもね、守貞さんは、
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各互ひ己れが馴れたるを善とし、馴れざるを不善とするのみ。余大坂に生まれ三十歳にて江戸に下り住み、今年四十四。すでに十五年を江戸に住す。故に両地の可否を弁ずることを得る。必ず自己の口に合はずと云ひて、強いて論ずることなかれ。
– – – – – – – – – – – – – –
と言ってるの。
わたし、涙がでちゃった。
この一連のお話は、
食べ物のことだけじゃなくて、わたしたちの生き方を言ってるな、って。
魚って、骨があるから嫌い。
あの人、お節介だから嫌い。
いつもの方法と違うから、嫌だ。
いやいや、
魚には骨があるのだ。
あの人は、お節介な人なのだ。
いつもの方法はそれ、これはこれ。
そこに好き嫌いの感情や、それを元にした評価は必要なくて、
ただそのものを「いただく」だけでいいはずなんだよね。
あ、美味しい♡
ん、合わないな…?
ものの好き好きが、人の生き方に影響するとまでは言わないけれど、
口に合わないときの反応と、自分に合わない人への反応って、
よくよく似てるな、と、観察していて思う。
出汁の話から人の生き方にまで話を伸ばしてしまうあたり
「あの人説教臭いから、嫌い」
と、言われてしまいそうだ。
うん、否めない!(笑
はてさて、わたしの感傷はさておき、
大根の絞り汁
蕎麦につきものといえば、まずは蕎麦汁、
そして、山葵、葱、が定番だよね。
本朝食鑑では、
「蘿蔔汁(大根の絞り汁)・華鰹・山葵・陳皮・番椒(唐辛子)・紫苔(海苔)・焼味噌・梅干等の物を用ひて、蕎麦切及汁に和して是を喰ふ。蘿蔔汁辛辣なるを以て勝れりとす。」
としていて、
蕎麦全書でも、特に大根について細かく書いていて、
「山葵も大変良い薬味である。しかし、これは大根のピリピリと辛い物が無い時に、しぼり汁の代わりにするのである。」
なんだそう。
たしかに、いまでも辛み大根が添えてある蕎麦はあるけれど、
山葵・葱の強力タッグのように表舞台に出てくるタイプではなく、
まして、払ってしまうことのほうが多いんじゃないかと思う
「大根の絞り汁」こそがダイジだっていうわけよ。
ものは試し、用意してみました。
ただ、汁オンリーではなく、
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藤村按ずるに、
…薬味皿に大根おろし汁を絞らずに軽く付け、お客様が、薬味皿をかたむけながら、箸でおろしの山を絞ると、たらたらとおろし汁がもりの汁の中に垂れる。大根おろしの薬味はそのように使うもので、あんなざらざらしたものを汁に混ぜられては、汁が駄目になるとある本に書きましたところ、当時の蕎麦の大家から「だれがそんなことをいっているのだ!」と大変おしかりをいただいたことがありました…
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蕎麦の大家からお叱りを受けたという、藤村さんの方法でb

大根は、群馬県産の辛み大根を使いました。
これがね、おもしろいの。
たぶん!だけど、
おろすときの大根の傾け方によって、大根の汁の出方が変わるのかな?

こうやって、大根の繊維に沿っておろすと、汁の出が少なくて

こうやって大根を垂直に立てて、繊維を断ち切るようにおろすと
じゃっぱじゃっぱ出てくるの!
たとえば、今回みたいに汁をメインに使いたいときは立てて、
おろしをメインに使いたいときは、ナナメにしておろすと、
使い分けができるのかも?
ただ、これは身がミッチリとした辛み大根なので、
すべての大根にそういえるかどうかは…
大根の味噌汁(大根のみぞ知る)。
蕎麦の打ち方と茹で方
お蕎麦は、水回しがしっかりできていないとブツブツに切れちゃうみたいで、
初めて打つときに、水廻しには時間をかけた方がいい、
みたいなことを見たと思うんだけど…
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藤村按ずるに、
…蕎麦は早く練り上げないと「風邪を引く」といって、板前は着物の袖の風であおるのも嫌います。水廻しも、寄せも、くくりも、でっちも、手早く正確に決め、早く蕎麦に切っておいたほうが無難です。ことに水廻しは、最初の三分以内に手早く水を均一に散らし、粟粒のうちに粘りを出すようにしないと、江戸風とはいえません。くくったあとは少しゆっくりしても平気です。…
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というので、
さっささっさ打ってみました。

さらに茹で方と洗い方。
サっと茹で上げたほうがブヤブヤにならないでいいのだと思っていたら
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(日新舎友蕎子)私の家製では、一吹きは嫌う。その理由は、蕎麦がまだ「生煮え」であるからである。
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藤村按ずるに、
…生煮えはいけません。現代でも、蕎麦屋の職人には「煮え前は恥、蕎麦の煮過ぎは恥じゃない」という言い伝えがあります。
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よく茹でたほうがいいんだって!
目安は、スっと透き通るくらい、らしい。
なので、1人前を茹でながら、
1回目は3吹きにしてみたところ、蕎麦が少し柔らかく出来上がったので
2回目は2吹きに、いい感じ。

そして、洗うときも優しくしたほうがいい、
みたいなことが良く書かれていたので、あまりゴシゴシしなかったのだけど、
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(日新舎友蕎子)冷水の中へ投げ入れ、水を四、五回換えて良く洗って、水がにごらなくなるまでを目安とする。その水が透明になるまで洗わないと、粘りが取り去られず、蕎麦を乾かした後でくっついてしまう。
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冷水に投げ入れるっていうんだから、乱暴よね…って思うけど
そのくらいしてもいいってことよね。
でも怖いから、優しくゴシゴシもみ洗いするくらいにしたら、
表面がいつもよりもさっぱりに仕上がった気がする。
いざ、実食!
そんなこんな、蕎麦汁、蕎麦、大根の絞り汁、
この3点を揃えることができたので、ゾゾゾっと行きます!


蕎麦汁が、本当においしい!
それこそ、更科や丸抜きした?挽きぐるみ?のお蕎麦なら、
かつお出汁に味醂でサラっといただくのがいいかもしれないけれど、
玄挽くらいのパンチのあるお蕎麦は
このくらいパンチのある蕎麦汁のほうが、合う気がする!
そしてまた、大根の絞り汁が、最高!
山葵は、お蕎麦の香りを鼻でよくよく感じたいのを、
山葵の鼻ツーンに邪魔されがちだけど、
大根の方は、鼻にはこない口の中で完結する辛みだから
ピリリかつ、お蕎麦の香りを存分に楽しめて
幸せ…ッ!!!
この味の裏には、
文献を残してくださった、守貞さん、人見さん、日新舎さん、
そして、わかりやすく届けてくださった藤村さんがいらっしゃるわけで。
ありがとうございますッ!
信濃湯(おしなゆ)
さて、いまではお蕎麦を食べたあとといえば
必ずでてくる「蕎麦湯」。
でも、どうやら、当時の江戸にはなかったものらしい。
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(日新舎友蕎子)先年、用事があって、長野県、諏訪のあたりを通ることがあった。信濃蕎麦といって名物であることを聞いていたので、旅館で蕎麦を注文したところ、蕎麦もその製法も大変に良く、…それが、蕎麦の後にすぐ、蕎麦湯を出して飲ませた。…すると主人は、蕎麦を食べた直後に蕎麦湯を飲むと、食べた蕎麦がすぐに胃に落ち着き、たとえ食べ過ぎたにしても、胸がすっきりして、腹の具合がよろしいのです。…江戸へ帰ってから、信濃風であるといって、蕎麦を人々にご馳走する時に、必ずこのように蕎麦湯を出してもてなしたところ、江戸ではしないことなので、なかなか珍しく、面白いと皆が褒めた。
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馴染みのある地元でのお話がでてきたので、
それはそれはうれしく。
友蕎子さんもお召し上がりになられた信濃湯で、
最後をしめくくりました。

まだまだ薬味のことなどが書かれていますが
またそれは別のときに改めて…
いただきました!
(ごちそうさまでした