蕎麦切りといえば、その始まりは江戸時代に遡り、
かつての書物を漁ると、
刻を経るごとに、作り方や食べ方が変化してきたのがわかります。
元となるのは、
元禄10年(1697年)、江戸時代に書かれた『本朝食鑑』。
いまではごく当たり前に食べる、お寿司や天ぷら、お蕎麦など、
日本料理のルーツを知りたかったら、ここを通らずにはいられない、
そんな、江戸時代の食べ物における百科事典です。
その、本朝食鑑が書かれてから54年後の寛永4(1751)年、
日新舎友蕎子と名乗る蕎麦っ食いさんが
本朝食鑑の蕎麦の項を抜粋しながら、
自身の蕎麦への思いの猛りを書き綴ったのが『蕎麦全書』。
なんて読むのか皆目検討つかないお名前だけど、
お蕎麦がとにかく好きなことは分かるよね。
「にっしんしゃ・ゆうきょうし」っておっしゃるみたい。

そして、
現代のそば事情を憂いた蕎麦職人の藤村和夫さんが、
『本朝食鑑』を抜粋して書いた『蕎麦全書』を現代語に訳し
解説を添えて送りだしたのが、
今回の話のモトにしている『蕎麦全書 伝』です。
蕎麦の作り方、食べ方などは、『本朝食鑑』とほぼ同じ。
蕎麦汁とお薬味が、現代とはすこ〜し違うので、
今回は、友蕎子さんが用意していたという蕎麦汁&お薬味を揃えて、
お蕎麦をいただいてみることにします。
お蕎麦には辛み大根
しかも、汁。
お蕎麦のお薬味用意して〜!
と言われて、何を用意する?
多くの人が、「ワサビ」と「ネギ」を持ってくるんじゃないかしら?
へいへーい!
なんて言って、大根のしぼり汁だけ持って行ったら
なにもってきてンの?
って、冷ややかな眼差しを向けられるのは避けられないよね。
ところがどっこい。
江戸時代では、何はともあれ「辛み大根」の「汁」だったみたい。
山葵は、辛み大根がないときの代用品。
それがいつしか、ワサビが取って代わるのだから、
時代の流行り廃りっておもしろいわよね。
福井県には、辛み大根で食べる「越前そば」があり、
「珍しいよね〜」とか
「ちょっと違うよね〜」みたいな話を耳にするけれど、
これこそが本来の食べ方に限りなく近いのです。
(たぶん。

本朝食鑑には、
「蘿蔔汁・花鰹・山葵・橘皮・蕃椒・紫苔・焼味噌・梅干などを用意して、蕎切および汁に和して食べる。蘿蔔汁は辛辣いのが一番よい。」
こう書かれていますが、
友蕎子さんは、「我が家で使う薬味の品」として、
「生蘿蔔汁・生葱・乾松魚・橘皮・炙味噌・蕃椒」
付属として
「山葵・紫菜」を掲げています。
山葵は、大根がないときに使用する。
海苔は、精進ものしか食べない方にお出しする専用。
ってことみたい。
蕎麦の薬味一式

生蘿蔔汁(生大根の搾り汁)
埼玉県川口市の「赤山大根」が良いそうで、「うじしり」「鼠大根」「木曽大根」とも。
市販の「辛み大根」と書かれているものを使用。
藤村さん曰く、現代の鼠大根からは容器に溜まるほどしぼり汁は取れないとのこと。
写真だと汁を溜めていますが、こんなに出ませんw
ちなみに、写真のようにおろしたものを入れたのは、藤村さんが、祖父から教えてもらったという方法で、おろしを使うのではなく、おろしを箸でよせ、汁だけを蕎麦汁に入れるという使い方です。

生葱(生葱)
根の白い部分だけを使う。
友蕎子さんは、輪切りにすると箸に絡まったり、汁の中で散らないので、みじん切りにするらしい。
わたしは、汁に散らさない派なので、バラバラしないように斜め切りの薄切りで。

乾松魚(乾し鰹)
花鰹と呼ぶもの。
友蕎子さんは、これを細かく砕くのだそうですが、見た目が悪いので、来客時にはそのまま出していたそう。
これも、わたしは花かつおのままムシャムシャ。

橘皮(陳皮)
みかんの皮のこと。
みかんの皮のワタをとりのぞき、細かい粉にする。
どうも、お家が薬研さんだったみたいなので、こういったものも使ったのね。
みかんがないので、浅岡スパイスの陳皮を使用。

炙味噌
本朝食鑑では「炒り味噌」としか書かれていない。
蕎麦汁で味噌を練り、炒める方法もあるのだとか。
友蕎子さんは、くるみを細かくきざみ、味噌の中へ混ぜてから炒るそう。
先日剥いて保存しておいた姫ぐるみがあったので、それを刻んで作ってみました。
味噌大さじ2くらいに対し、ひとつまみほどのお砂糖を入れています。

蕃椒(とうがらし)
できれば、いま実家で干している今年の鷹の爪を使いたかったのですが、手元にないので、普通の一味唐辛子を。
そして、蕎麦汁
蕎麦汁は、以前「本朝食鑑の蕎麦汁で蕎麦を食らう」でも書いた通りの、
お味噌を使った蕎麦汁でいただきますb

作り方は、以前の記事に書いていますが、
上の写真が、水と酒で溶いたお味噌汁で鰹節を煮出した「お出汁」。
お味噌汁だとは思えないくらい、綺麗でしょ?
言われないと味噌が使われているのがわからないくらいで、
かつお出汁とくらべると、スッキリしつつも深みがある汁に仕上がります。

いざ、実食
今日のそば粉は、高山製粉の「玄挽」。
このところ在来種をいろいろ打って、
大野勝山産の福井在来が一番美味しいね!ということにはなったんだけど、
なんだろう、やっぱり「玄挽」に戻ってきてしまう。
人に例えるのがだいすきね、と言われてしまいそうだけど、
「きゃ〜、あの人かっこいい〜〜♡」
と思ったからといって、ずっとその人といたいかといえば
そういうものでもないじゃない?
素朴に淡々と、でもコシと旨味があるこの「玄挽」が
濃すぎず優しすぎず、
何度食べても飽きがこないのです。
さて、その玄挽さんと、各々合わせて頂きます♪
なんだか、これだけ薬味を揃えると、楽しいね!
しかも、楽しいだけじゃなくて、
普段合わせていただかないものばかりだから、
とても新鮮。
とくに、葱。
息が臭くなるから滅多に生葱は頂かないのだけど、
これが、この味噌の汁に合うことなんの。
比較で、創味の麺汁とも頂いてみるんだけど、
コッチのは頂けないの。
合わせる汁によって、薬味との相性が変わるのがわかったのは、
今回イチバンの収穫だったかもしれません。

それにしても、これだけバリエーション豊かだった薬味が、
いまでは、ワサビとネギにほぼ絞られ、
辛み大根に至っては、亜流みたいな扱いをされているわけで。
こうやって再現してみると、
江戸時代って、文化も人の考え方も豊かだったんだな!って思うよね。
わたしも、江戸の人にならって、
蕎麦といえば、ワサビとネギでしょ!な自分からは解かれて、
いろいろな蕎麦の薬味を楽しんでみたいな!と、
蕎麦をズルズルすすりながら、思うのです。
美味しかった…♡
ごちそうさまでした!